チア・ユニフォームの歴史

1900年代初頭のチアユニフォームはセーターに学校名

女性のチアリーダーが登場したのは1923年からです。
1900年代初頭のチアユニフォームは、セーターに代表する学校名或いは単にHとS(Highschool)を書いていましたが、これらは動いているうちに暑くなり非常に不快な思いをさせられたので気候に応じてロングカーディガンにタートルネックシャツや襟付きのブラウスに変わりました。

主流は、濃い目色の足首まであるウール製のロングスカートにセーター。その後、主に宗教関係の学校や大学のチアリーダーによりチェック柄のスカートがはやり、サドルシューズにフラットなキャンバスシューズにハイソックスを着用するようになり、1950年から60年の間に急速に変化していきました。

チアリーダーユニフォームを初めて作り、ポンポンを各高校に売り出したのは1948年ローレンス・ハーキマー“ハーキー“により設立されたCheerleader&Danzteamです。ハーキーは初めてチアリーディング競技大会やキャンプを開催した人としても知られています。

チア・ユニフォームの歴史

1960年代のユニフォーム

この時期一般のファッションが変わったと同時にチアリーディングユニフォームも変わり、より動きやすくする為にロングのウールスカートからコットン素材の膝までの短めのスカートがどんどん普及し出しました。

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トップスも劇的に変わり、ロングカーディガンの代わりにショートスリーブクルーネックセーターを着るようになりましたが学校名のイニシャルやメガフォンに載せるエンブレムの位置は変わっていません。

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チアリーダーであると言う事は学校の代表であり非常に名誉な事であった為、特に高校ではチーム名を学校のイニシャルに加えました。

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1970年代のユニフォーム

1960年代より多くのチームはより動きやすくする為にアスリートが着るような素材あるいはシューズを着用するようになりユニフォームは大きく変わりました。セーター、ベストやスカートの種類も豊富になり、セーターはスクールカラーを表していた中央にストライプパターンを設けています。文字も昔より精巧でカラフルに仕上がりました。

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この新しく機能的でスリム化されたユニフォームは伝統を傷つけることなく動きがより軽やかになると評判でした。チアリーダーも応援チームと言うより、よりアスリートに近づきスタイルの変化は、女性の場合ブラウスを省き肌に直接セーターが着られるようになりました。

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しかし当時の時代背景の中ではこの様なユニフォームは機能的であっても保守的な女性からは蔑視されていて短くなったスカートや体にぴったりフィットしたセーターは、時には“ふしだら”と見られていました。

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1985-1995年のユニフォーム

この時代のユニフォームは“スラウチュソックス”(日本ではルーズソックスみたいなソックス)の様なソックス以外、現代のものとほとんど変わりません。

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Kedsのスニーカーは、多くのチアリーダーに愛用されました。スカート丈もより短くなって行きました。しかし学生ですので規制の対象になり、一般ルールとして腕を下に下げた時指先にかかる長さとされていました。

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現在のユニフォーム

現在のユニフォームはほとんどポリエステルで出来ていて、高校の場合は全米高校協会、オールスターの場合はオールスター協会の規定に準じなければなりません。
スカートは劇的に短くなりました。現在の平均は10-13インチ(25.4-33cm)で毎年短くなっています。しかしタンブリングなどでは生地が多いと事故につながり危険な為逆に「短目」を推奨するチームやコーチもいます。

ピアスや指輪は安全性に問題がある為禁止されています。
タトウーに関しては、競技中はテープ等で隠さなければなりません。

チア・ユニフォームの歴史

【監修: strategic global marketing 板倉 孝】
参考文献
http://www.dailymail.co.uk
https://en.wikipedia.org
https://cheerbook.wordpress.com
http://cheerunion.org/